はじめに
アプリケーションやシステムの開発において、「不具合の早期発見」「品質の確保」「セキュリティの担保」は、企業の信頼やサービスの継続性を左右する重要なテーマだ。近年、これらの課題を効率的に解決するアプローチとして注目されているのが「静的解析(Static Analysis)」だ。
静的解析とは、プログラムを実行することなく、ソースコードを静的に解析することで不具合や脆弱性のリスクを洗い出す手法だ。開発の初期段階から問題を把握しやすくなるため、「手戻りの防止」や「品質向上」に大きく貢献する。
特に、以下のようなニーズを持つ企業にとって、静的解析は有効な手段となる。
これまで静的解析は、専門性の高いエンジニア向けのツールという印象があったが、近年ではUIやレポート機能が進化し、非エンジニアでも結果を把握しやすい製品も増えている。また、CI/CD(継続的インテグレーション/デリバリー)との連携によって、日々の開発業務に自動的に組み込むことも可能になってきている。
本記事では、静的解析とは何か?どのように活用できるのか?そして実際にどのような価値が得られるのか?を、技術に詳しくない方にもわかりやすく解説する。
貴社のソフトウェア開発において、より安全に、より高品質に、より効率よく進めるためのヒントになれば幸いだ。
静的解析とは?動的解析との違い
ソフトウェアの品質を高めるための「コード解析」には、大きく分けて2つのアプローチがある。それが「静的解析」と「動的解析」だ。どちらもソースコードの品質や安全性を確認するための方法だが、その目的やタイミング、得られる情報には明確な違いがある。
静的解析とは?
静的解析は、ソースコードを実行せずにチェックする手法だ。ツールがコードの構造や記述ルールを読み取り、「バグの予兆」や「コーディング規約違反」「脆弱性の可能性」などを洗い出す。
たとえば、
といった実行前に見逃されがちな問題点を、開発段階で可視化できる。
動的解析とは?
一方、動的解析は、実際にコードを実行しながら、挙動やパフォーマンス、リソース消費などを調査する手法である。主に以下のようなチェックが可能だ:
それぞれの役割と使いどころは以下のとおりだ:
項目 | 静的解析 | 動的解析 |
---|---|---|
実行の必要性 | 不要 | 必要 |
対象 | ソースコードの構造・文法 | 実行時の動作・挙動 |
検出できる課題 | 文法ミス、脆弱性、コーディングルール違反 | 実行エラー、リソース消費、異常動作 |
実施タイミング | 開発初期〜中期 | テスト工程〜運用段階 |
静的解析は「設計やコード記述の質を担保」するのに優れており、動的解析は「システムが実際にどう動くか」を確認するのに適している。したがって、両者は対立するものではなく、目的に応じて使い分け、組み合わせて活用することが推奨される。
特に、要件が曖昧だったり、後からの改修が多い案件では、静的解析を早期に導入しておくことで、不具合の温床を事前に潰せる利点がある。これは、元請企業とのコミュニケーションの手戻り防止にもつながるため、発注者側にとっても大きな価値を提供する。
対象範囲の考え方|“どこまで”静的解析すべきか?
対象コード(アプリ本体/外部ライブラリ/生成コード)
静的解析ツールを導入する際、最初に立ち返るべき問いは「どのコードを対象とするか?」である。
一般的には、自社で直接メンテナンスしているアプリケーション本体のソースコードが主な対象だが、それだけでは不十分なケースも少なくない。たとえば、外部のOSSライブラリやコード生成ツールが出力したファイルも含めるかどうかは、プロジェクトの性質によって判断が分かれる。
開発フェーズ別の考慮点(要件定義〜運用保守)
静的解析の“使いどき”は、単にコードが書かれたときだけではない。
プロジェクトごとにフェーズの粒度や重視する工程は異なるが、「いつ何を見るか」を設計することで、静的解析が“空回り”するのを防げる。
第三者コード(OSS/外部ベンダーコード)の取り扱い
再委託やOSS活用が一般化する中で、外部が書いたコードをどこまでチェック対象とするかは悩ましい問題だ。
単体テストコードやCI/CDスクリプトも対象にすべきか?
見落とされがちなのが、「コード以外のコード」だ。
対象範囲を決める3つの判断軸
静的解析の対象範囲を「何となく」で決めてしまうと、品質確保やリスク管理の観点で思わぬ抜け漏れが発生する。そこで、DIGILOでは以下の3つの判断軸を推奨している。
①保守性と可読性に与える影響
まず重視すべきは、コードの保守性と可読性だ。特に中長期的に運用されるプロダクトでは、「どの部分のコードが、どれだけ読みやすいか/直しやすいか」が、プロジェクトの継続コストに直結する。静的解析によって以下のような点を検出できる対象範囲は、優先してカバーすべきだ。
こうした項目は、解析を通じて「見える化」することで改善アクションにつなげやすくなる。
②セキュリティ・脆弱性リスク
2つ目の軸は、セキュリティリスクへの対処だ。たとえば以下のような脆弱性は、静的解析で検出できることが多く、対象範囲に含めることでリスクを未然に防げる。
DIGILOが関わったある医療系システム開発プロジェクトでは、外部ベンダーが実装したコードの静的解析により、重大なハードコーディングミスを検出し、事故を未然に防いだ実績もある。セキュリティ要件の厳しい業界では、第三者コードや構成スクリプトまで含めて解析対象を広げることが不可欠だ。
③再委託先・レビュー体制との整合性
最後に見逃せないのが、開発体制との整合性だ。たとえば再委託やオフショアなど、開発チームが分かれている場合、レビューの観点や技術レベルにバラつきが出やすくなる。そうした状況では、静的解析をルールの統一手段として活用することが有効だ。
こうした設計を通じて、属人性を排除した品質管理が可能となる。
プロジェクトマネージャーの視点で見る活用実務
静的解析ツールの導入やルール設計は、開発チーム任せにされがちだ。しかし、プロジェクト全体を統括するPM(プロジェクトマネージャー)の視点こそ、解析の効果を最大化するうえで不可欠だ。このセクションでは、実務での活用ポイントを3つに絞って紹介する。
初期設計段階でのルール策定(コーディング規約の明文化)
まず重要なのは、静的解析に基づくルールを「設計段階」から組み込んでおくことだ。たとえばDIGILOでは、プロジェクト立ち上げ時に以下のようなルール文書を準備することを推奨している。
こうしたルールが初期から明確であれば、再委託や新規メンバーの参加時にもブレなく品質を保てるため、後工程での手戻りリスクが大きく下がる。
解析結果の“読み方”と対応方針の共有
静的解析ツールの結果は、初見では難解に見えることもある。PMとしては「どこに注目すべきか」「何を修正すべきか」の観点を持つことが重要だ。たとえば、以下のような区分けで結果を見ると実務に役立つ。
分類 | 優先度 | 対応方針 |
---|---|---|
セキュリティ警告 | 高 | 原則即対応、仕様変更も検討 |
可読性・保守性警告 | 中 | チーム内で対応基準を相談して決定 |
コードスタイル違反 | 低 | 自動修正ツール活用や定期対応でOK |
このように、結果を「意思決定の材料」として共有しやすくしておくことが、開発現場との信頼構築にもつながる。
再委託・オフショアへの指示テンプレートとして活用する
最後に、静的解析のルールや結果は、再委託先との「共通言語」として活用することが可能だ。DIGILOでは、オフショア開発先に以下のようなテンプレートを共有している。
こうしたテンプレートを準備することで、「何を守ればOKか」が明確になり、再委託先の品質も安定しやすくなる。
静的解析ツール選定のポイント|実務運用に耐える機能とは
静的解析ツールの導入にあたっては、「とりあえず有名だから」という理由で選定してしまうケースもあるが、それでは実務にフィットしないことも少なくない。ここでは、PMや発注者の立場から見た“失敗しない選定基準”を解説する。
①言語・フレームワーク対応
まず最も基本的な選定基準は、対象プロジェクトの言語やフレームワークにツールが対応しているかどうかだ。たとえば以下のように、ツールごとに対応範囲は異なる。
また、新しい技術(例:Next.js や Remixなど)に追随しているかどうかも重要な確認ポイントだ。
②ルールのカスタマイズ性
実際のプロジェクトでは、「このルールは今回は対象外にしたい」「自社独自の規約を反映させたい」といったケースがよくある。そこで重要になるのがルールのカスタマイズ機能だ。
柔軟に設定できるツールを選べば、開発チームとの調整やプロジェクトの特性に合わせた運用がしやすくなる。
③CI/CDやGitHub Actionsとの連携
モダンな開発環境においては、CI/CDとの連携も不可欠だ。具体的には以下のような機能があると望ましい。
たとえば、GitHub ActionsやGitLab CI、Jenkinsなどとの連携機能があるツールを選べば、品質チェックを日々の開発プロセスに自然に組み込むことが可能になる。
④可視化/レポート機能(PMや顧客に説明しやすいか)
発注者やPMにとって見逃せないのが、解析結果の「見せ方」だ。
たとえばSonarQubeは、技術的負債の概算時間やコードカバレッジの変化を一目で把握できるため、顧客との品質共有の材料としても重宝されている。
DIGILOエンジニアからの実務Tips|対象範囲を定義する際の工夫
「やりすぎ防止」と「漏れ防止」のバランスの取り方
静的解析を適用する範囲を広げすぎると、次のような課題が発生する。
一方で、範囲が狭すぎると本質的なバグやセキュリティリスクを見逃す可能性もある。そこでDIGILOでは、次のようなルールを定めることを推奨している。
このように、「目的」と「実行可能性」のバランスを取ったルール設計が鍵となる。
属人ルールにならないためのドキュメント設計例
対象範囲や解析ルールが属人化してしまうと、保守フェーズや再委託時に大きな混乱を招く。DIGILOでは以下のような明文化・可視化を重視している。
このようなドキュメント整備により、誰が見ても同じ判断ができる状態を保つことができる。
フェーズごとの対象範囲チェックリスト(テンプレ付き)
静的解析の対象範囲は、プロジェクトのフェーズによっても変化する。DIGILOでは以下のようなチェックリストを活用し、都度判断を行っている。
フェーズ | 主な対象コード | 留意点 |
---|---|---|
要件定義〜設計 | 設計レビュー対象ファイル | 静的解析対象範囲の方針を定める |
実装初期 | 業務ロジック、共通ライブラリ | 命名規則・構造化ルールを重点確認 |
テスト前 | 単体テストコード | 可読性・例外処理の有無を確認 |
運用保守 | 修正パッチ/差分コード | コードの“部分的適用”が必要 |
こうしたテンプレートは、初回プロジェクトで作成しておけば、次回以降の開発でも再利用可能だ。
まとめ|“適切な対象範囲”の設定が、継続的な品質保証の鍵
ソースコードの静的解析は、単なる「エラー検出ツール」ではない。チーム全体で品質を継続的に守るための“共通言語”であり、プロジェクトの成否にも直結する重要なプロセスだ。
プロジェクト特性に応じた「割り切り」も必要
静的解析の対象範囲は広ければ良いというわけではなく、プロジェクトの予算・スケジュール・体制に応じた“割り切り”が求められる。たとえば、短期のPoC開発では一部機能のみに限定したり、外部ベンダーとの開発では共有可能な範囲でルールを絞ったりするケースもある。
重要なのは、その判断に“理由”があることだ。形式的にルールを設けるのではなく、「なぜそこまで」「なぜそこから外すのか」を、ドキュメントとして共有・管理することが信頼性の担保につながる。
静的解析をチーム間連携の“共通言語”として活用する
特に再委託やオフショア開発が絡むプロジェクトでは、静的解析のルールがコード品質の基準点となる。属人性を排し、誰が見ても同じ判断ができる体制づくりにおいて、「対象範囲の明文化」と「結果の共有プロセス」は大きな役割を果たす。
DIGILOでは、静的解析を単なるチェックツールではなく、チームの連携や技術的信頼を構築する仕組みとして活用している。対象範囲の設計一つをとっても、その意図と工夫を伝えることで、プロジェクト全体の透明性と安心感につながると考えている。
DIGILOからのご提案|静的解析の実務活用を支援します
私たちDIGILOは、生成AI・モバイルアプリ・業務特化型ソフトウェア開発の分野で、多様な業界課題の解決を支援している。
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